後円部南側に開口する横穴式石室を持ち、古墳の周辺には全国的にも珍しい長方形の周溝が二重に巡っています。埴輪の残りは悪いものの、本来は70体近い形象埴輪が墳丘の北側中段に設けられた平坦面に並んでいたと推定されています。後円部の中心に置かれた寄棟造の家をはじめ、翳(古代のうちわ)や靫(弓矢を入れる箱)などの器財、犬・猪・牛や水鳥などの動物、アゴヒゲの男子のほか、通称『耳の大きな男』や『はいもとろう人』など独特な風貌の人物で構成された多彩な形象埴輪が出土しています。殿塚古墳の被葬者は、武社国(後の武射郡)と呼ばれた山武郡周辺の地域一帯を治めた武社国造もしくはその人物に連なる豪族と考えられます。